信仰の仲間、ピョドル・リトビノプ牧師
2015年再び福音の前へという大会に参加したウクライナのピョドロ・リトビノプ牧師に会った。通訳はウクライナで働いているジョン・マンギュ宣教師が担当した。<編集者>
-どうふうに今回の日程に参加しましたか。
ウクライナで働いている韓国人の宣教師とお祈りの場で出会って交わる中、今度の大会が開かれるのを聞きました。入国過程から大変でしたが、神様の特別な導きによって到着することが出来ました。
-今度の韓国訪問を通して韓国の教会と聖徒たちにあってどうですか。
実は忙しい日程だったので特別な期待感はなかったです。ただ息子も韓国に行って来たので一度は韓国を訪問してみたいと思っていました。しかし礼拝に参加してとても驚きました。今度の再び福音の前へという大会を含めて、韓国教会の聖徒たちの礼拝の風景はとても違っていました。聴衆たちは大きな声で応答して反応していたので印象的でした。
聴衆たちが応答する韓国教会の礼拝‘印象的’
-再び福音の前へという大会でどんな恵みをいただきましたか。
牧師たちと宣教師たちの説教と証を聞いて、神様のしもべとして生きていくモデルを見るような気がしました。私たちが神様をどんなに信じているのかは、神様のしもべとして生きるのに一番重要な問題です。大会を通して神様は偉大であり、その偉大なる神様が私たちをウクライナの地で証人として送ってくださったことを実感しました。特別に十字架の秘密がイエス・キリストであることだというメッセッジ自体は新しいことではなかったですが、大胆な宣布を聞いて恵まれました。
-ウクライナの教会状況を教えてくだされば、ウクライナのために祈ります。
ウクライナのキリスト教の歴史は1000年を超えます。今は領土が違うけど、当時キイェプゴン国が支配していた世紀980年に始めてキリスト正教が入って来ました。現在ウクライナには五旬節、バプテスト教などがありますが、バプテストが一番多いです。そして近代歴史でロシアの植民地になって独立してから教団間の離合集散がありました。
90年代独立してからバプテスト福音主義宣教師たちが多く派遣されました。その後多くの聖徒たちがアメリカへ移民しました、現在世界祈祷情報によるとウクライナのクリスチャンは人口の3.7%である170万人で、福音主義者も173万人ほどに推測されています。
-個人的な信仰の道に関して聞かせてください。
親はクリスチャンでお父さんは牧師であってお母さんは聖歌隊で仕えていました。それでいつも聖書を読んで祈る雰囲気で成長しました。18歳の時軍隊に入隊して、その時イエス様を個人の救い主として迎え入れました。軍隊でとても大変な時間を過ごしました。軍隊では礼拝をささげられない状況でした。当時軍隊の近所にある教会で説教を聞く途中、自分が罪人であることに気付きました。そして悔い改めて祈りました。
厳しい軍隊の生活中イエス様に出会って
-当時の状況をもっと具体的に説明してください。
軍隊の時私が崖の端に立っているようでした。食べ物も与えられなくて仕事を沢山させられました。昼には仕事をして夜には上司からいじめられました。その中軍隊の近所にある教会を見つけました。今のような立派な建物ではなく、普通の家庭の家みたいな教会でした。
そこで御言葉を聞いていて、聖徒たちに自分の罪を告白してその翌年洗礼を受けました。幼い時からクリスチャン家庭で育てられて、お酒も飲まず、罪の実は結んでないとおもっていました。しかし私がイエス・キリストを迎え入れないことが罪であって、神様を主人として従わないことが罪であると気づきました。
-そのようにして主にあって牧師として道を歩むようになりましたね。
はい。私は20年間教会で仕えていました。6年間は執事として青年たちを教えました。後でモスクバで神学校に入学して、説教学を勉強して牧師として歩みました。
-どんな信仰の哲学を持っていますか。
私はいま教会で悔い改めを強調しています。罪に対しての実の問題だけではなく、存在的な罪人であることを認めて悔い改めるようにと宣教して教えています。そして聖徒として単純に御言葉を読んで教会だけ通うのは大きな間違えだと言います。聖徒である自分の人生を、他の人たちが見るようにしないといけないと伝えています。
他の人たちが聖徒である私たちに対して‘あなたは本当にイエスを信じる人ですね’と認めるようにしないといけないです。それが本当のクリスチャンの生き方です。
-今度の韓国訪問で教会にもいきましたか。
今回の大会に参加して福音祈祷同盟軍が出席する教会に行って日曜日の礼拝を捧げました。所々で韓国聖徒たちの充実な姿をみました。いまこの姿をこのまま続けて行ってほしいです。私が見た韓国教会の姿をウクライナの教会が参考にするようにと私の心に残しています。
-韓国でどんな出会いがありましたか。
今回の大会に参加するために外国から帰って来た韓国の宣教師たちと共に集まりをもって礼拝をささげて、信仰の共同体を訪問しました。ところどころに信仰の共同体があるのを見ました。地方に学校と多様な宣教団体が共同体を作って共に住んでいました。
学校の教師たちが教育宣教師として給料も貰わず、次世代を教えているのをみて衝撃をうけました。どうしてウクライナではこのようなことを思ってなかったのか。使徒の働き4章に登場する初代教会は共同体でした。質問が浮かびました。どうしてこのような美しい姿が中断されたのかと。
-その質問に対しての答えを得ましたか。
はい。私は今回の訪問を通してそれを解決することは共同体だと結論出しました。実はウクライナで私が見たような共同体を運営することは現在には不可能です。でも‘不可能’だと断定できないと思いました。サマリア城でエリサの預言の前で‘天に窓を作ったとしてもどうしてそんなことがありえようか’と神様の歴史を信じていなかった軍隊将軍はその恵みをいただけませんでした。
私もそのように不信を選択できないです。祈ります。すでにウクライナで韓国宣教師を通して経験しましたが、帰ったら教会の聖徒たちと神様の国の復興と宣教完成のために祈祷24・365から始めます。
初代教会の共同体、いま信仰の人生でも重要
-信仰の決断のために祈ります。
私たちが住んでいる田舎全体はバプテストの聖徒たちです。私は聖徒たちとちゃんと相談していなかったことに気付きました。もし村全体がイエスを信じるならば何ができるのか、そんな質問を持つようになりました。帰ってクリスチャンとしての生き方に対して話をしようと思っています。
-お祈りの課題がありますか。
私が住んでいるザカツパチャ地域の教会に復興が起きるようにと願っています。私たちバプテストだけではなく、五旬節を含めて他の教団もキリストの中で一つの兄弟姉妹でありますので、皆に復興が起きるよう祈ります。そして私自身を完全に主にささげられるように祈ります。また教会で共に働いている仲間たちが主に献身できるように祈ってください。[GNPNEWS]
C.K.