消失する時間は神様を体験する人生絶好のチャンス

Date

2015-05-11

오직 주님만 남은 윤성운.김경희 선교사 부부神様の召しを受け主に導かれる道の中で本当に必要なものは何だろうか?聖い霊性、それとも卓越しているリーダーシップ、博識な聖書の知識?しかし神様はむしろ全てを失ってしまった80歳のモーセを召された。彼には、若さもエジプトの王子の権力も、世の中の優れた知識も話術もなくなってからすでに長い時間がたっていた。残っていたのは全てにおいての無能さだけであった。

50年ほどの人生でアフリカ宣教師として、新たな神様の召しの前に立っているユン・ソンウン、キム・ギョンヒ宣教師夫婦に出会った。彼らは、“神様が私たちの人生のプランを新しく立てられた”と神様が導かれた過程を回顧した。

“神様が呼ばれた所ならどこにでも走ってまいりますと告白しました。そして私たちのすべてを注ぎだして召された宣教地に行く為一生懸命準備しました。しかし、毎度のこと道が閉ざされて行く事が出来ませんでした。私にはどのような決定権もないという事を悟った時、深い消失感が心に襲いました。しかしその時が一番幸せな瞬間でありました。なぜならば自分の人生の中に神様の御旨が初めて成し遂げられた時間だったからであります。心の消失感は神様の働かれるのを経験する事が出来る人生の絶好のチャンスをもたらせてくれました。

神様が立てて下さった人生のプラン

神様はどのように宣教師の道へと導かれたのか教えて下さい。

キムギョウヒ(以下 キム):“結婚前、25歳の時にアフリカを抱いて宣教師に献身しました。4年間ケニアのマサイ族に仕えました。大学4年生の頃、神様に人格的に出会い自分の罪の代わりに亡くなった主に全てを捧げたいと思い従順した道でありました。

宣教地で生活しながら、もっと神様に献身された道を歩まなければならないとの思いから韓国に戻り、すぐに神学の勉強を始めました。そこで同じビジョンを持っている兄弟に会いました。結婚して時間がたち宣教地への足取りがだんだんゆるくなり、結局韓国の教会で仕える事になりました。”

ユン・ソンウン(以下 ユン):“これについては自分の責任もあります。僕としても当然、主から召された所に従って行きたい気持ちも大きくはあったのですが、実際は妻に気に入られるためにアフリカに行きたいと言ったのです。(笑)

しかし神様はそのような私たちの弱さまでも用いて下さいました。私たち二人の心にアフリカに対する希望を諦めないようにされ、25歳の時に始められた御業を50歳になって完成されましたね。考えてみると私たちにはこれまでの25年という時は絶対に必要な時間でした。”

-どのような事がありましたか?

キム:“牧師夫人としての生き方を主に捧げた時間はひとことで犠牲の時間でした。救いの主に出会い主が私に生命を与えて下さったので私も全てを捧げなければならないと考えていました。

そして最善を尽くして信徒たちに仕えました。犠牲が体に染みつくまで教会で仕えました。そのようにすることが神様の人として当たり前な生活であると考えておりました。しかし私の魂はひどい渇きによって引き裂かれるようでした。犠牲はたくさんしたけれどもなぜ喜びがないのか悩むようになりました。

神様はいつも良き方で正しいという結論はすでに私のなかで出ていましたから。それならばこの問題は私側の問題であるという事実に逢着しました。”

-渇きが極めて酷くなっている状況だったのですね。

キム:“その時偶然ある方の本を読み福音の前に立ちたいと切望するようになりました。そして神様の導きによりある団体の執り成しの祈りの学校の門をたたく事となったのです。講義を聞きながら、私は衝撃と共に大きな混乱に落ちました。

これまでの私の渇きの原因は、祈り不足のせいだと思っていました。私の存在に問題があるという事実を発見したのです。その時から自分の存在の問題が解決するまで、一言も祈る事が出来ない状況に陥ったのです。結局5泊6日間総体的な福音の前に立つ訓練学校を通して、昔の自分に対する死と真の生まれ変わりを体験することとなりました。

-夫としてどのような時間を過ごされましたか?

ユン:“私もその時、その訓練課程の奉仕人として参加していました。実際、その訓練は妻よりも3か月先に私が受けたのですが、私にとって運命的な時間でした。存在自体が罪人であった私が十字架によって新しい生命として変わったという事実にあまりにも感謝し‘アーメン’しましたが、妻には話せませんでした。

なぜなら自分がいかにどのような罪人であったのかを話すことにためらいがあったからです。淫乱による罪から出た実について話せば、妻を失ってしまうような気がしました。しかし福音の前に正直に立つ妻の姿を見て、その訓練が終わり家に戻ってから妻に自分に実際となった福音を分かち合いました。”

-ご主人の告白を聞かれてどうでしたか?

キム:“今振り返ってみると、どうやってその時間を過ごしたのか…。ふぅ。全てが主の恵みであります。主の方法があまりにも酷烈だという思いもしました。これまで自分が福音によって生きると言いながら神様を一度も神様として信じた事がなく、いかに自己崇拝をして来た者であるかを認める時間でありました。

しかし夫の罪から出た実までも聞く事になり、私にはあまりにも耐えがたかったのです。キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。という事は頭では理解しているのですが、心の中ではとても認める事ができませんでした。このように家庭が厳しい状況になったのは全て自分のせいだという攻撃に縛られながら死ぬことでおしまいにしたという絶望の奈落におちてしまったのです。”

存在的罪人であることを告白しつつ新しい始まり

どのようにしてその危機の瞬間を免れたのか教えて下さい。

キム:“その時主がローマ書8章1節の御言葉にて私を改めて掴んで起こして下さいました。罪に対する裁きは、すでに神様が終結したという事でありました。夫の罪に対し主の許しが全て成就されたという宣言をして下さいました。

続けて私がこうしている事は、神様に対する不信仰であるという事実の前に、これ以上自己憐憫に自分を渡すことはすまいと決心し立ち上がる事になりました。そして人間のレベルの許しではなく神様のレベルの許しがなんであるかを初めて経験する事になりました。しかしまだ息子のサムエルにとっては、この全ての過程を受け入れるまでにはまだ時間が残っていました。”

-サムエルはどのような過程を経るようになりましたか?

キム:“息子は、親の言うことによく従い黙々と親を支持してくれるような子でした。しかし私たちが福音の前に立つようになり、その間全ての生活や使役をおろし発つことになるとサムエルにも混乱の時期が訪れました。

当時夫は6ヶ月間の共同体の訓練に入りました。私はサムエルも福音の前に立つことを心から願いました。それで各種の青少年キャンプに行かせました。しかし願いが大きければ大きいほど、サムエルとの綱引きはさらに綱が張っている状態になりました。挙句の果てにはサムエルが短期間ではありましたが、家出をする事件が発生し私の熱心は全て折れ、ただ主のみを見上げるようになりました。そして夫が6ヶ月の訓練を終え家に戻って来たとき、私も続けて6ヶ月間の訓練課程に参加する事にました。

ユン:“妻がいない6ヶ月の間サムエルと一つの部屋で過ごしながら本当に沢山の会話をした気がします。だんだんサムエルの心が開かれてゆくのを感じました。そして青少年を対象にする光の実学校の訓練を受けながらインドにアウトリーチに行って戻った日の事です。

空港にてサムエルが私にこのような告白をしたのです。‘パパ!神様は、ママやパパの神様ではなく、もう私の神様となりました。’この告白を聞いた瞬間、主に対する感謝と共にどれほどの大きな喜びが私の中に押し寄せたことか分かりません。”

キム:“訓練を終え家に戻り知りました。サムエルが信仰の告白をした時点と、私がサムエルを主に捧げますと告白した時点が一致するということでした。これまで私の頭の中ではサムエルに何かをしてあげなければという考えは支配的でした。

ある日、主が私に投げかけた質問のひとつによって、サムエルに対するかすかな希望さえ断ち切る事になりました。‘サムエルを世の中のエサとして明け渡す事が出来るか?’しかし私はその前で何の返事をする事も出来ませんでした。子供をこれ見よがしにちゃんと育てないという自分の欲望が浮き彫りになり、初めて神様のみむね通りに使われるようサムエルを主に捧げたのです。神様はこのようにして私と主人、そしてサムエルに至るまで福音の前に立たせて行かれたのであります。”

“もう私の神様であります”という息子の告白

もうアフリカに発つ事だけが残りましたね。

ユン:“本当に長い道のりを遠回りしてきた気持ちです。福音に出会いこれで主に召された道を走ろうと本当に多くのことを試しました。初めはアフリカG国を抱き準備しましたが、その道が閉ざされると次にアフリカC国にいく為に準備しました。

しかしC国への歩みも挫折することになると私の心の中に骨の深いところまで絶望が訪れました。しかし私にはどのような決定権もないのだという事実が心の中に同意できるようになり全てを主の前に下すようになりました。すると本当に残ったものはなんにもありませんでした。その頃ある宣教団体の勧めにより子供たちと共に初めての一歩を踏み出すようにして下さいました。あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出てという御言葉と共に導かれた所は宣教地ではなく、カンウォンドのドンヘの小さな町でした。”

キム:“そこで私たちは一生忘れる事の出来ない時間を過ごしました。初めは漠漠として私たちが宣教地に出るにあたっていったいどれほど不足しているから宣教地に出る事が出来ないのかという考えのゆえに苦しかったりもしました。しかしそこで御言葉と祈りに専念する時間を通して神様と共に歩む生活を経験することになりました。

日常で経験した秘密、エホバサンマ(エホバがそこに居られる)

朝は黙想と礼拝を捧げ、夜は御言葉祈りをしました。残りの時間は福音スタディー、聖書通読、世界の為の祈り、そして伝道にも出かけました。

その時、神様は出エジプトしたモーセを通して私たちと共におられる神様を見る事が出来るようにして下さいました。モーセは能力者ではありませんでした。ただ、神様が共にして下さったから力があったという事実を見る事が出来ました。私のなにかをもって主が高くなったり低くなったりするのではなかったのです。そこにおられるエホバサンマ、それが秘密だという事を知ったのです。”

ユン:“初めてキリストの中で味わう自由と安息を知りました。神様が共におられるという約束を持っている者は安息する事が出来ます。主が先に行かれるという約束によって私を捕まえて下さいました。

そしてドンヘにて最後の時間を過ごすころ、主は私たちを新しいアフリカC国に呼んで下さいました。もう私たちは他の事を準備しません。どこに行っても神様と共に歩む生活が全てだという事を知っているからです。むしろ御言葉と祈りによってもっと生きなければということに念を押すだけです。”

-アフリカに発つにあたり祈りの題目があればお願いします。

ユン:“私たちが行くところはロア(LoA, the Light of All nations )学校です。その名前の意味のように、ここの子供達がアフリカの中で命の光たちとして立たされ堅固な命の通路として立たされることを期待しています。

神様が私たちをその事の通路として呼んでくださいました。真理の側から後ずさりすることなく、信仰の良き戦いに怠けることのないように祈って下さい。神様がイザヤ35章10節にて約束の御言葉を下さったのですが、‘とこしえの喜びの帯を締め楽しみと喜びのチーム’となりただ主にのみひれ伏すことが出来るように祈って下さい。”

キム:“さらに韓国に残ってミッションママの家で生活する事になるサムエルにも同様に主の生命を果てしなく味わい真理によって充満になる生活をすることが出来るように祈って下さい。”

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