恐竜は創造の時から存在していた爬虫類
長年にわたり、クリスチャンたちは恐竜がどのように聖書に位置づけられるのか混乱してきた。ある人は「友人の一人が、恐竜は全く存在しなかったと言っていた」と話し、別の人は「悪魔が私たちを欺くために、その骨を地中に埋めた」と言う。正常な知性を持つ人にそのような話をすれば、とてもばかげて見えるでしょう。 恐竜は確かに存在していた。では、いつ生きていたのでしょうか? 聖書のどの時代に恐竜が登場するのでしょうか? クリスチャンたちは、聖書の明確な教えを妥協して、恐竜を説明しようとしてきた。そのため、ギャップ理論や日-時代理論、漸進的創造論、神論的創造論などを主張してきた。しかし、そのような理論は必要ではない。 聖書的な視点から恐竜を見てみましょう。聖書は言う。「初めに神は天地を創造された」(創世記1:1)「これは、私、主が六日の間に天と地と海とそこにあるすべてのものを造ったからである」(出エジプト記20:11)。神は6日間で全てを創造されたのであれば、アダムは恐竜を目にしたはず。創造についてはただ一つの方法しかあり得ない。 「神は言われた、『水の中に大空があって、水と水とを分かつようになれ』」(創世記1:6)。私たちはすでに、神が最初に創造された時に、水の幕を頭上に置かれたが、それが洪水の際に地上に注ぎ出されて今は存在しないことを知っている。そして、ほとんどすべての水が地表の中にあったが、地の深みが裂けて外に流れ出た。これを示す聖句は多数ある。詩篇24編1-2節には「地と、そこに満ちているもの、世界と、そこに住む者は、みな主のものである。主は、それを海の上に築き、川の上に立てられた」と記されており、詩篇136編6節は「地を水の上に広げられた方に感謝せよ」と言う。これは、今の海にある水が元は地表の中にあったことを意味している。その水が地の深みが裂けた時に外に流れ出たのだ。 ノアの時代に何が洪水を引き起こしたのでしょうか? 6000年前の創造から4400年前の洪水までの間、世界は今とは全く違っている。聖書は、その期間、人々が900歳を超えて生きていたと記録している。多くのアジアの文化に「黄金時代」と呼ばれる伝説があるのは興味深いことだ。バビロン人、シュメール人、エジプト人すべてが、人々が千年近く生きていた時代について語っている。それが事実だったからだ。本当に千年近く生きていたのだ。 爬虫類は決して成長を止めない。したがって、恐竜はエデンの園でアダムとエバと一緒に生きていた巨大なトカゲだった。恐竜は決して何百万年も前に生きていたのではない。 では、ノアは方舟に恐竜を乗せたのでしょうか? 恐竜は方舟にいた。人々は笑う。「方舟に恐竜ですって? あれらはちょっと大きすぎませんか?」はい、大きいものもいれば小さいものもいた。ノアが方舟を建造したときは600才だった。彼は、最も大きなものを連れてこる必要はないと悟っていたはず。雛2匹で十分でしょう。雛を方舟に乗せる理由はたくさんある。雛は小さい。最も大きな恐竜の卵でさえ、アメリカンフットボールの球より小さいのだ。雛は重さが軽く、食べ物も少なく、より長く眠る。そして、より強いのだ。雛は地面に倒れても立ち上がって走り続けられる。雛は洪水後により長く生き、より多くの子孫を残すでしょう。大きなゾウを方舟に乗せるのは、様々な理由から愚かなことだ。すべての種類の雛を連れてくるのが賢明な選択だ。 神は、すべての生物の雌雄2匹ずつを連れてくるよう言われました(創世記6:19)。すべての種類の2匹ずつではなかった。聖書は「その種類によって、その種類によって、その種類によって…」と非常に明確に述べている。そして「その鼻孔に生命の息吹がある者」(創世記7:22)だけを連れてくればよかった。ノアは魚や昆虫を方舟に入れる必要がなかった。魚は水の中にたくさんいたし、昆虫は鼻孔がなく、表皮から呼吸するため、方舟に入らなくても洪水に耐えられたからだ。実際、洪水の後、水が引いた場所を歩くと、まず目に飛び込んでくるのは膨大な数の虫たちだ。<続く>[福音祈祷新聞] 本紙は創造論専門家である米国ケント·ホービンド博士の創造論講義を要約、紹介する。 ホビンド博士の講義は聖書を中心に神様の創造世界を興味深く説明し、進化論が偽りの信仰体系であることを明快に明らかにしている。 <編集者> <著作権者 ⓒ 私の手の中の神の国、真理で世界を開く福音祈祷新聞。出典を記載して使用してください。> 情報提供およびお問い合わせ:gpnews@kakao.com
大洪水の前, 恐竜と人間が一緒に暮らした。
恐竜の骨は人間の骨、哺乳類の骨とともに発見されている。時には石化された人間の手のような岩石層で発見されることもある。インカ石板の中では人が恐竜に乗っている姿もある。 また、恐竜の足跡と人の足跡が一緒に発見された。この問題で議論になったテキサスのグレンロスに私が直接行ってみたこともあった。 グレンロスという小さな村は、パロキシー川が流れており、一面石灰岩で覆われている。地域全体が石灰岩であり、川は石灰岩層を削って通過している。1908年にここで非常に大きな洪水が発生した。その川は1マイル(約1.6キロ)当たり17フィート(約5メートル)低くなるが、洪水で川が氾濫する頃、堤防より30フィート(約9メートル)以上水位が上がった。 そんな中、洪水が川底を掃きながら石灰岩層を削ったのだ。2フィート(約60センチ)の石灰岩が落ちた場所には新しい石灰岩層が現れ、翌年夏に川が乾くとそこから数百個の恐竜の足跡が発見された。ここは今や「州立恐竜谷公園」と呼ばれている。 人々は川に浸食されないように多くの足跡を掘り起こし、博物館に保管した。ところが、たまにはこの地域で恐竜の足跡とともに人の足跡が発見される。発見された人の足跡の中で恐竜の足跡を横切るものもある。洪水を避けるために泥水を走る時は、誰かがすでに踏んでおいた所を踏むのが論理的だろう。深い雪の中を歩いていく時のようにだ。 私たちは今、ノアが箱舟に入って雨が降り始めると、人達が最初の数十分で死んだと思う。しかし、地球上のすべての人々が死ぬのに6ヶ月程度はかかっただろう。雨は40日間降ったが、聖書は水が150日間ずっと「上がってきた」と言う。大部分の水が「地の深い泉から」、すなわち地表の中から出てきたためだ。地表の中にあった水が洪水を起こしたのだ。水が上がり始めると、人々は高い土地を求めて登ったはずだ。お互いに高い土地を取ろうと戦い始めたのだろう。 今、人々が岩盤層を掘り起こしたとき、その下の石灰岩からさらに多くの足跡が発見された。足あと一つは足の指を横切って跡がついていた。その端の粒を研究した結果、これが圧着されて薄い面が歪んでいることが分かった。これに対する多くの議論があるが、このように説明できる。 足跡は6~7フィート(約1.8~2メートル)の歩幅を持っている。毎回この程度の歩幅を持つためには非常に大きな人でなければならないだろう。この足跡発掘当時、現場にいたアリゾナ州の南バプテスト教会で副牧師をしている知人が私にこんな手紙を送った。 「ホビンド博士、私は足跡をたくさん見て育ちましたが、カール·ボウ博士と一緒に発掘作業現場にいました。私たちは恐竜の足跡の横にいる人の足跡をたどりましたが、まるでその人が恐竜と一緒に歩いているように見えました。 「ノバ」(1974年から放送されたアメリカの科学テレビシリーズ。 訳者注)も発掘する現場を撮影しようと来ており、ある進化論者はそこでボウ博士と論争し続けました。ノバは足跡や私たちの発掘はあまり撮影せず、その進化論者にインタビューしました。彼は、そこで進化論を反証するものは何も見ていないと言いました。実際、彼は私たちが作業していた足跡を眺めることさえ拒否しました」 ノバは進化論を支持していたため、進化論に反対するものはテレビで放映しなかった。ある人は「人間の足跡と恐竜の足跡が一緒にあったということは、単に人間のような足を持った恐竜がいたことを証明するだけ」と話す。奇抜な解釈方法だ。 これは進化論が研究の妨げになるもう一例だろう。 米国の動物学者エルンスト·マイヤーはこう語った。 ”創造論者たちは人間と恐竜が同時代に生きたと言った。その重大な発言が真実なら、それを発見した人たちの名前は20世紀に最も優れた発見をした人たちの一人として、時の回廊に雷のように降りてくるだろう” メディアが止めなければ、それは事実だろう。 <続く>[福音祈祷新聞] 本紙は創造論専門家である米国ケント·ホービンド博士の創造論講義を要約、紹介する。 ホビンド博士の講義は聖書を中心に神様の創造世界を興味深く説明し、進化論が偽りの信仰体系であることを明快に明らかにしている。 <編集者> <著作権者 ⓒ 私の手の中の神の国、真理で世界を開く福音祈祷新聞>お問い合わせ:gnpnews@gnmedia.org
気圧が高かった洪水前の動物は巨大だった。
箱舟から出たノアは文明を完全に建て直さなければならなかった。最初からやり直すには石器を作らなければならなかっただろう。そうするのが土を掘って鉄を見つけた後、溶かして鉄器を作るよりはるかに速いためだ。製作に3週間もかかる鉄斧を作る間に飢え死にすることもあり、50ポンド(約22.7キロ)もする鉄器具を持ち歩くことも難しかっただろう。むしろその場で石器を作るのがもっと早かっただろう。マンモスやバッファローを追いかけて素早く石器を作って屠殺した後、道具を捨てて他の場所に移動したのではないか。 今、私たちはこのような石器を発見すると、このように反応する。「わあ、この矢じりが完璧な形でバランスが取れているね。この人たち、賢いんだね。発展した文明だったようだ」。あるいは若干粗雑に見えて柔らかく整えられていない他の矢じりを発見すれば「これを作った時代の人々はそれほど賢くないようだ。」と話す。実際にそうだったのだろうか。こんな仮定はどうかな?矢じりが粗雑に見えるのは、逃げるマンモスを捕まえるために焦っていた人が作った可能性はないだろうか。このような遺物は、彼らの知能よりは、彼らがどれだけ時間をかけたかに関する痕跡かもしれない。 洪水の前には、人間だけが長生きしたのではなく、動物も長生きした。それだけ大きく成長した。 身長18フィート(約5.5メートル)の角のない、非常に高いサイに対し、人々は先史時代の動物だと言う。しかし、そうではない。100年前まで「先史時代」という単語は辞書にもなかった。1766年の辞書には「先史時代」という単語がない。1860年辞書にも、1892年辞書にもない。洪水前という言葉はあったが、先史時代という概念はなかった。 洪水が起こる前は水のカーテンが気圧を高めたため、地球環境は今とは大きく違っていただろう。昆虫もはるかに大きく育った。昆虫は使用可能な酸素量と大きさが比例する。表面積と体積の割合によって酸素が豊富な水に住む昆虫は1000倍も重くなる。50インチ(約1.27メートル)の翼を持つトンボのような化石が発見された。最近は3~4インチ(約7.6~10センチ)程度しか育たないが、洪水前は巨大だった。18インチ(約45センチ)もの巨大なゴキブリの化石と8.5フィート(約2.6メートル)の巨大なムカデ化石も発見された。このような化石はもっとある。2フィート(約60センチ)のバッタ化石、足の間の長さが3フィート(約90センチ)もあるドクグモ化石、60フィート(約18.3メートル)の柔らかい化石、テキサスでは9フィート(約2.75メートル)のロバも発見された。これらは数百万年前と言われているが、違う。洪水の前に生きていただけだ。 気圧が高くなると、より多くの気体が水に溶け込む。エラで水中で呼吸する魚ももっと大きかっただろう。今、サメが約1インチ(約2.54cm)の長さの歯を持っているなら、そのサメはおそらく15フィート(約4.5m)程度の長さになるだろう。そのため発見されたサメ化石の歯は、サメがこの地球で80フィート(約25メートル)の長さに育ったことを示している。 ボウ博士は高圧酸素室でショウジョウバエを育てたが、普通より10倍長く暮らした。ただ気圧だけを高めたにもかかわらず、このような結果が出た。 エデンの園は気圧も高く、日光も濾過され、磁場もさらに強かったはずだ。エデンの園以来、少なくともこの3つ、いや、もっと多く失っただろう。 アンデス山の海抜2マイルで発見されたカキは、11フィート(約3.5メートル)の長さで600ポンド(約270キロ)の重さだった。エベレストでは化石化した貝を発見した。これらの貝は化石化したにもかかわらず閉まっていた。エベレストは海辺までは約450マイル(約700キロ)離れており、貝は死ぬ時に殻が開く。どのようにして化石化した閉じた貝をエベレストの上で発見できたのだろうか?洪水があったはずだ。しかし、洪水がエベレスト山の上までは襲ってこなかっただろう。その時はエベレスト山はまだなかったはずだ。詩篇104編は洪水の最後に山が登ったと述べている。洪水が終わる時に山が形成され、地表が割れて開いて、割れたものが上がったり下がったりした結果だろう。 爬虫類は決して成長を止めない。もし爬虫類をエデンの園に置いて900歳まで住まわせたらどうなるだろうか。とても大きなトカゲになるだろう。 恐竜は洪水が来る前にアダムとハワと一緒に暮らしていた大きなトカゲだ。今の時代にペットショップで買えるこんな小さなジャクソンカメレオンが15トンまで育つとしたら、どんな形になるだろうか。一種のトライセロトップのようなものだろう。恐竜は「恐ろしいトカゲ」だ。恐竜は人間の歴史上、常に一緒に暮らしてきたし、名前が違っていただけだ。 <続く>[福音祈祷新聞] 本紙は創造論専門家の米ケント·ホーヴィンド博士の創造論講義を要約、紹介する。 ホビンド博士の講義は聖書を中心に神様の創造世界を興味深く説明し、進化論が偽りの信仰体系であることを明快に明らかにしている。 <編集者> <著作権者 ⓒ 私の手の中の神の国、真理で世界を開いてくれる福音祈祷新聞> 문의: gnpnews@gnmedia.org