“私くらい…” 自分に対しての弁護, 誰の基準ですか?

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誰にでもうれしいお知らせ、つまり福音を聞きたいと願う。このように熱望する魂のために多様な信仰の告白を集めた。ガラシの種の宣教会で制作した伝道誌から抜きかき、紹介する。<編集者>

“私が何の罪をそんなにたくさん犯して、地獄に行くと言うんですか。私くらい他人に害を与えないで生きてみなさい。”

そうです。あなたは十分に弁護できます。しかしその弁護の基準は誰の基準ですか。地獄と天国は人間が作ったのでもなく、天国と地獄行きを決める基準はやはり人間が決めることではありません。その基準は創造主によって立てられるものです。

あなたは人を嫌って親に嘘をつきました。お家のお金を盗んだこともあって、他人のものを欲張った時もありました。妬み、嫉妬、悪口もしました。貧しい人を見ても見ぬふりをしたり、他人のお金をもらって不誠実に仕事をしたりもしました。私より弱くて力がない人を無視したり、強くて裕福に見える人には自分の利益のためにへつらったりもしました。淫乱物をみたり、異性を性的にねたんだりもしました。時には自分を飾って高慢にもなりました。こんなあなたは到底天国へはいけないと主はおっしゃいました。

“いや、このくらいの罪も犯さない人がいるのか、そんなに厳しく判断するのか”と悔しがる人もいるでしょう。しかし主は十分そのような基準を要求することができる方です。彼は罪とは関係ない‘清さ’そのものだからです。それなのであなたは絶望なのです。

しかし神様はあなたを愛しているので、天国へ行ける道を開いてくださいました。あなたのすべての罪を御子、イエスに移しておいてその罪の代価を払うように十字架で死ぬようにしてくださいました。十字架は一番恥の死です。しかし一番偉大な愛の表現です。

あなたの罪のために死んで甦ったイエス様を、私の主人として仕えて信じるならば天国へ行けると約束してくださいました。罪人であるあなたの姿のままでイエス様へいくと罪の許しをいただけます。イエス様に行ってください。今すぐです。

[GNPNEWS]

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