私が福音から離れる牧師になったら私を追い出してください

Date

福音に全部をかけた金ギョンソク牧師

教会が一年たっても新しい牧師を任命できなくて大変なことになっていると聞いた。母教会の苦難を眺めることは大変心苦しいが、祈るしか何もできなかった。ある日母教会の聖徒たちが新しい牧師で私を呼んでくれた。

母教会から呼ばれるとはまったく予想していなかったんですよね。

そうです。私が母教会に赴任することは考えたことがなかったです。なおさら当時私はソウルのある教会への赴任が内定された状態でした。だれよりも教会の世襲問題を反対していた私としては到底不可能なことでした。しかし教会の心苦しいお知らせを聞いて、夜中ずっと眠れなかったです。そして祈る中、聖餐式で主に告白した言葉が思い出されました。‘主よ、これからは福音だけで十分です。福音だけをもってアフリカへ行けと言ったら行きます’ アフリカは行けるが母教会は行けなかったすべての理由をおろして、主の呼びかけに従いました。

お父さんが開拓した教会に赴任して

易い決定ではなかったですね。その後神様はどのように導いてくださいましたか。

神様が教会に赴任する前に5泊6日間福音のメッセジが宣布されるところへまず導いてくださって私を準備させてくださいました。福音の内容を理論的によく整理して確信していましたが、それが全部ではなかった私の姿を気づかせてくださいました。それでいまは福音を頭だけではなく、人生の中で福音が全部である、その能力を経験しないといけないという結論に達しました。そして主に約束しました。‘主よ、私を福音祈祷同盟軍として用いてください。そして導いてくださった教会が福音祈祷同盟軍として働くように、私を使ってください。’その後、この教会の働きを始めました。

母教会なのでなれているとは思いますが、大変さはありましたか。

神様が私をこの教会へと導いてくださった目的をここに来てわかりました。お父さんは福音以外には知らない方でした。開拓するときから福音を正確に伝えて改心するように聖徒たちを教えました。そして2代目の牧師は、神学生ならばよんだであろうという有名な本を書いていた方でした。そんな牧師たちを通して知った福音を生活においてどのように生きられるかが、私たちの宿題でした。しかし感謝の部分は、その結論をすでに私は知っていました。これからは神様が成し遂げることだけです。

問題は福音を重要に考えるのと、福音に全部をかける態度はちがうということです。それで実際に福音に全部をかけようと思い、熱心に主に祈りました。そして講壇では福音だけを宣布しました。救われるためには福音が要るし、救われた人生を生きる能力も福音にあるとの説教を赴任して3年になるいまも続けています。始めは拒否する聖徒たちもいました。しかしいまは聖徒たちも知っています。聖書が言う真理が福音だけだという事実を。そして福音を3年ではなく、20年を説教しても足りないという事実を、いまはすべての聖徒たちが知っています。

初期には福音だけの説教に拒否感を抱くこともあった

聖徒たちの人生で福音の能力がどのように現れたか教えてください。

福音の能力はお祈りの場でないと現れません。私たちの教会は神様の国の復興と宣教完成のために、一週間続けて祈るネヘミヤ52祈祷に参加しています。私が赴任した年には一年に2回参加しました。これは一年中2週間を完全に祈る週間に決めたということです。その次の年には3回、今年は4回に回数を増やして祈りました。

祈祷を通して神様が与えてくださった証も多いでしょうね。

お祈りの場で神様からの御恵みが本当に多かったです。はじめは個人的に自分ひとりの祈祷時間を守って祈っていましたが、だんだん集会別に連合して祈るようになりました。それで共に祈る時間に聖霊様の臨在を感じて、私たちのこの世が一つであることに気づいたとの告白があふれ出ました。

あるときは、大部分が幼い子供たちのママたちで構成された集会の全員が、月曜日0時から24時まで全部祈祷表に名前を書きました。内心心配でしたが、そのようにして祈ったのか知りたくて私がその次の時間に名前を書いて参加しました。お祈りが全部終わったときの彼らの顔を見ました。太陽のように輝きました。また‘牧師先生、胸がいっぱいでした。福音がこんなに感激になるとは思っていませんでした、’という告白が続きました。

またもある集会の聖徒たちが一気に名前を書いていたのをみて、他の聖徒たちが苦しむのではないかと心配になりましたが、無用の心配でした。他の聖徒がご飯を作る時間がないかと思って門の前に食べ物をおいて、祈るために教会に来たといわれました。感動の連続でした。お互いに愛し合い、仕えあう能力が、どうして私たちから出たでしょうか。福音がこれを成し遂げたのです。

一年何回かネヘミヤ52祈祷参加

聖徒たちが宣教部に参加しにくいとはどんな意味ですか

一旦入るとかならず幸せになるとうわさがまわっています。本当に宣教部員たちは一番幸せに見えます。なぜこんなに幸せなのか、聞きたいでしょう?宣教部に入ると水曜日の礼拝、金曜日の礼拝、集会、リーダ会、火曜日の祈祷会にかならず参加しないといけないし、私たちの教会が支援する開拓教会に行って、一緒に礼拝を捧げないといけないです。財政だけではなく、本当にその教会を支援しないといけないです。

聖徒が5人程度しかない小さな開拓教会に10人の宣教部員が行って、共に礼拝を捧げるとどんなに力になるでしょう。また特別賛美もして、各自が神様に出会った証も話して帰ってきます。神様の御恵みがあふれます。

実は私たちの教会の立場から見ると、教会で重要な役人たちの聖徒たちが日曜日の礼拝に出ないのは、大きな代価です。しかし神様の教会に仕えることは、神様が喜ぶことであると知っているのでみんな喜んで仕えています。でも他教会に仕えてくると母教会をもっと大事にするすがたをみます。このように私たちの教会にもっと献身することをみると、神様の御恵みに感謝するようになります。

教会の雰囲気が始めて赴任してきたときとは多く変わったでしょう。

変わっただけではなく、聖徒たちの情熱が熱くて、感動の連続です。ある日集会のリーダが私に言いました。‘先生、静かに考えてみたら、神様に仕える日がそんなに多くないようなきがします。それでですね、私たちの集会は伝道集会にするかと思います’といいました。つまり、道端で伝道した方たちを自分たちの集会にいれて仕えたいとのことです。それだけではなく、新しい聖徒が来たときは自分たちがいつでも時間をかける準備ができているとのことでした。この方たちは自営業の方たちですが、神様に自発的に献身するすがたがとても愛しかったです。

私に許可してほしいといわれたので、‘許可とはとんでもないです。神様が成し遂げたことです。’と答えました。そうしたら‘実は苦労への門が開きました。一週間すぎたら正気になるかもしれないから、いま宣布します’といいました。主の働きは本当にすばらしいでしょう?

福音で喜びが充満した教会ですね。

はい。私をここへと導いてくださった主に感謝です。もし私が他の教会に仕えたら楽な牧師になったかもしれません。しかし福音による熱い感激はなかっただろうと思っています。ここには生計に苦労している聖徒たちがいます。明日の食事が心配であるが、神様を信じてこの世と妥協しない聖徒たちを見ると、私も気をつけないといけないと思います。実は緊張もありますが、本当に幸せです。これらが私を変質させない理由です。

すでに書いておいた退任説教文を見て、初心を思い出す

赴任初期にあった緊張感は探そうとしてもないようですね。

赴任してきて、教会の役人会にお願いしたことがひとつあります。私が福音でない違う道へ行くと、私を追い出してくれるようにとお願いしました。そして退任説教をすでに書いておきました。私は無益なしもべですが、神様が全部成し遂げたという恵みを顧みた内容です。毎月末にはいつもこの説教を読みます。なぜならばその中には私がどのように生きてきたのかが全部入っているからです。

神様が成し遂げることは本当にすばらしいです。終わりにお祈りの課題がありますか。

私は福音で起き上がる次世代に期待しています。いま教会学校の子供たちに40分間英語で福音を伝えられるように訓練しています。ヨハネの福音書を英語で覚えさせています。その子供たちが成長して10年、20年後には世界のあらゆるところで、福音を伝えて神様と共にこの世に仕える証人として働くことを期待しています。信仰によって立っている私たちの次世代がいま夢を見ています。主の来られるその日にむけて、走るようにしてくださる主に本当に感謝します。すべてを完成して、この地に再び来られる主を期待して、彼らによく仕えるように祈ってください。

[GNPNEWS] Y.K

Morepost